私の若い頃から、ずっと不断にお育てをいただいてきた森信三先生は、
ご飯をおあがりになるにも、ご飯とお副えものを一緒に口に入れては、
食物に申しわけないとおっしゃり、ご飯をよくよく味わい、それを食道に送ってから、
お副えものを口にされ、お副えもののいのちと味を、充分お味わいになってから、ご飯を
口になさると、承ってきました。いつか、お伺いしたとき、出石の名物の餅を持参したことが
ありましたが、「これほどの餅をつくるところが出石にありますか」と、おっしゃり、何気なく
口にしていたことが、はずかしくなったことがありました。
毎日、食物をいただかない日なしに、七十七年も生きさせていただいてきた私ですが、
食べものたちに対しても、ずいぶん、申しわけない自分であることに気づかされます。
食べ物をつくった方々に対しても、ずいぶん、申しわけない「この身」であることに気づかされます。
せめてわたしも......
数えきれないほどのお米の一粒々々が
一粒々々のかけがえのないいのちを ひっさげて
いま この茶碗の中に わたしのために
怠けているわたしの胃袋に 目を覚まさせるために山椒が
山椒のいのちをひっさげて わたしのために
梅干しもその横に わたしのために……
白菜の漬物が 白菜のいのちをひっさげ
万点の味をもって わたしのために……。
もったいなさすぎる もったいなさすぎる
こんなおかげさまを散らかしている私。すみません。