私は、不便な山の中に住んでいます。それで、娘を高校に入学させるとき、寄宿舎
に入舎させました。土曜日には家へ帰ってくるのですが、日曜の午後にはまた寄宿舎
に帰っていきます。
三学期に入って間もなくの火曜日でした。娘から封書が届きました。急に、お金で
も入用になったのだろうかと思いながら、封を切ってみました。
「きょう、数学の答案を返していただきました。わたしの予想したよりはよい点が
ついており、六十点と点がついていました」
と書いています。
六十点くらいもらって、自慢そうに手紙をよこすなんて・・・と思いながら読んで
いきますと、
「よくみると、まちがっているのがマルになっています。それで、よい点がついて
いたのです」
と、書いているのです。
私は、がっかりしてしまいました。それとともに、そのまちがいをどう処置したか
が、心配になってきました。
「わたしは、どうしようかと思いました。だって、先生にそれを言えば、六十点と
してもよい点ではないのに、それからまだ二十点も引かれてしまいます。六十点から
二十点も引かれることは、わたしにとって、ほんとうにつらいことです」
と書いています。
娘のつらさは、私のつらさでもあります。娘はさらに書いています。
「でも、わたしは、思い切って先生に申し出ました。先生は、はじめ『この点で間違って
いない』と強くおっしゃっていましたが、わたしがくわしく説明すると、『ほんとうに
そうだね』とおっしゃって、四十点と直してくださいました。そして『正直だね』
とおっしゃっていました。わたしは、パッと、顔の赤くなるのを感じました。
だって、わたしは、ずいぶん、このままだまっていようかしらんと思ったんですもの。
しかし、もうちょっとで、二十点どころではない汚点を、わたしの人生につけて
しまうところでした。お父さま、お母さまのおかげで、まちがいをおかさないですみました。
お父さま、お母さまも、きっと、よろこんでくださることと思います」
という手紙でした。
私は、ホッとするとともに「お父さま、お母さまのおかげ」に、苦笑せずにおれま
せんでした。
でも、それが「おかげ」なら、それ以上に「四十点」という娘の実力こそ、まぎれ
もなく、頭のあまりよくない「お父さま、お母さまのおかげ」ですから・・・・・・。
しかし、この手紙は、娘が「百点」をもらったと知らせてくれるよりもうれしい、
忘れられない手紙になってくれました。そして、親である私こそ、ただ一度の自分の
人生を、自分で汚すようなばかにだけはなるまいと、思わずにはおれませんでした。