正楽寺日誌 つれづれなるままに 正楽寺日誌 つれづれなるままに

中秋の名月

2022.09.10
今日は中秋の名月です。
   
月影の いたらぬ里は なけれども ながむる人の 心にぞすむ
   
これは、親鸞聖人の師である法然聖人が詠まれたものです。
   
月の光は野山や里をくまなく平等に照らしていても、
その月を眺める人でなければ
その美しさは心に伝わりません。
   
そして
あらゆる者を漏らさず救うという阿弥陀さまのお心を示すと共に
私たちが南無阿弥陀仏のお念仏をいただくとはどういうことかを
お示しくださっています。
月の光が野山や里をくまなく照らすように、
阿弥陀さまの全ての人を救おうとされるお慈悲の光は、
常に私たちを平等に照らしてくださっています。
   
ところが
月を眺めた人にしか月を美しいと思う心が起こらないのと同じように、
阿弥陀さまのお慈悲の光の中にあっても、阿弥陀さまのお心を聞くことなくしては、
その有り難さが心に宿ることはありません。
  
 
月を見る度に思い出し、大切にしている言葉です。
 
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阿弥陀さまのお口もと
母のほほえみ

 暁烏敏(あけがらすはや)先生(※真宗大谷派の学僧一八七七~一九五四)のお歌に

「十億の人に十億の母あらむも我が母にまさる母ありなむや」というのがあります。

 世界には、たくさんのお母さんがあります。世界一美しいお母さん、世界一賢い

お母さん等々、立派なお母さんが、いっぱいいらっしゃいます。

 その中で、自分のお母さんは、美しさの点でも、賢さの点でも、立派とはいえない

かもしれません。しかし、「私」を愛し、「私」のしあわせを願うことにおいては、ど

んな立派なお母さんも及ぶものではありません。「私」に関する限り、世界でただ一人

の世界一のお母さんです。

 ですから、世界中のすべての人が見捨てても、お母さんだけはわが子を見捨てません。

お母さんは、仏さまのご名代ですから、どんな困った子でも、愚かな子でも、見

捨てることができないのです。

 福岡の少年院にお勤めの先生から、少年たちの歌をいただきました。その中に、

  ふるさとの  夢みんとして  枕べに

  母よりのふみ  積み上げてねる

というのがあります。世の中のみんなから困られ、嫌われて、ついに少年院のお世話

になっているこの少年でしょう。

 そのわが子のために、お母さんは「積み上げる」ほどたくさん、母心を手紙にして、

この少年に注いでおいでなのです。そのやるせない母心にであうと、この少年も、手

紙を粗末にすることはできません。大切な宝にしているのです。そして、それを枕元

に積み上げて、お母さんの心を憶念しながら眠るのです。

  われのみに  わかるつたなき  母の文字

  友寝たれば  しみじみと読む

というのがあります。自分にしか読めない下手なお母さんの字がはずかしいから、友

だちが寝てから読むのでしょうか。

 そんなことではありません。下手くそな文字いっぱいにあふれているお母さんの心

に、誰にも邪魔されずに対面したいのです。その心が「しみじみと読む」ということば

の中に、あふれているではありませんか。

  いれずみの  太き腕して  眠りいる

  友は母さんと  つぶやきにけり

というのがあります。この少年も、たくましい太い腕にいれずみなんかして、意地を

張り、悪者ぶって生きてきたのでしょう。お母さんを泣かせ、世間の人たちを困らせ

ながら生きてきたのでしょう。しかし、眠ってしまうと、意地も何も消えてしまいます。

すると、世の中のすべての人が見捨てても、見捨てることができないでいるお母さん

の顔が夢に浮かんでくださり、思わずお母さんを呼ぶ寝言になったのでしょう。

 このように見てきますと、子どもにとって無くてはならないお母さんというのは、

美貌であってくださることよりも、高い教養を身につけていてくださることよりも、

何よりも大切なことは、仏さまのお心を心として生きてくださるお母さんということ

になります。

 そして、そういうお母さんでないと、美しさも、教養も、子どものための光とはな

ってくださらないといえましょう。

こんなにおかげさまを
散らかしている私 すみません

 私の若い頃から、ずっと不断にお育てをいただいてきた森信三先生は、

ご飯をおあがりになるにも、ご飯とお副えものを一緒に口に入れては、

食物に申しわけないとおっしゃり、ご飯をよくよく味わい、それを食道に送ってから、

お副えものを口にされ、お副えもののいのちと味を、充分お味わいになってから、ご飯を

口になさると、承ってきました。いつか、お伺いしたとき、出石の名物の餅を持参したことが

ありましたが、「これほどの餅をつくるところが出石にありますか」と、おっしゃり、何気なく

口にしていたことが、はずかしくなったことがありました。

 毎日、食物をいただかない日なしに、七十七年も生きさせていただいてきた私ですが、

食べものたちに対しても、ずいぶん、申しわけない自分であることに気づかされます。

食べ物をつくった方々に対しても、ずいぶん、申しわけない「この身」であることに気づかされます。

   せめてわたしも......

 数えきれないほどのお米の一粒々々が

 一粒々々のかけがえのないいのちを ひっさげて

 いま この茶碗の中に わたしのために

 怠けているわたしの胃袋に 目を覚まさせるために山椒が

 山椒のいのちをひっさげて わたしのために

 梅干しもその横に わたしのために……

 白菜の漬物が 白菜のいのちをひっさげ

 万点の味をもって わたしのために……。

 もったいなさすぎる もったいなさすぎる

 こんなおかげさまを散らかしている私。すみません。

みんなみんな
仏さまのお恵み

 お医者さんの薬だけが薬だと思っていたら

 ちがった

 便所へ行くのにも どこへ行くのにも

 点滴台をひきずっていく

 一日中の点滴がやっと終り

 後の始末をしにきてくれたかわいい看護師さんが

 「ご苦労さまでした」

 といってくれた

 沈んでいる心に

 灯がともったようにうれしかった

 どんな高価な薬にも優った

 いのち全体を甦らせる薬だと思った

 そう気がついてみたら

 青い空も

 月も

 星も

 花も

 秋風も

 しごとも

 みんな みんな

 人間のいのちを養う

 仏さまお恵みの

 薬だったんだなと

 気がつかせてもらった

「自分の家」ほんとうは
「ただごとでないところ」

 忘れることができないのは、文部大臣から「教育功労賞」をいただくことになって

上京するときのことでした。山陰線から東海道線を通って上京する寝台特急「出雲

号」というのに乗ったのですが、私は、三段寝台の一番上段ということになりました。

ところが、向こう側の一番上に寝ているおじいさんの、何とも形容し難い高さのもの

すごいいびきが気になって、どうしてみても眠れません。指で両耳を塞いでも聞こえ

てくるのです。一から順番に数を数えることに精神の集中をはかろうとしてみるので

すが、何十篇、それを繰り返してみても、いびきに搔き乱されて失敗してしまいます。

一時を過ぎても、二時を過ぎても、同じことです。

 ところが、ハッと気がつきました。

「僅かな寝台料金を払っただけで、寝たまま上京して賞状を受ける、賞状を受ける

だけの値打もない者が賞状を受け、新宮殿で天皇さまのお言葉をいただく、考えてみ

れば、ぜいたく過ぎるではないか。しかも、こんな私を、機関士さんは、まんじりと

もせず、闇の前方を見つめ、信号を見誤らないように運転していてくれる、ぜいたく

過ぎるのではないか」

 そう気がついたら、横着でぜいたくな私が、はずかしくなってしまいました。そう

気がついたとたん、眠ってしまったらしく、気がついてみたら、カーテンの隙間から、

朝の光が射し込んでいました。

 自分の家でもないのに、気ままに眠らせてもらえる、気がついてみれば、ただごと

でない、ありがたいことであるのではないでしょうか。

「自分の家でもないのに」と申しましたが、「自分の家」であっても、何もかも忘れ

て、安心して「眠らせてもらえる」「自分の家」も、ほんとうは「ただごとでないと

ころ」であるのではないでしょうか。

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