おかげを持ちまして、過日のお盆法要に於いて歴代住職・前坊守の年忌法要を皆様とご一緒に勤めさせていただくことが出来ました。
その節は多くの方に色々とお気遣いいただきましたこと、心より御礼申し上げます。
普段は皆様とご法事を「司式」という立場で一緒にお参りをさせていただいて居りますが、
この度「施主」という立場で大切な身内の法事に臨ませていただき、
住職自身、改めて身に沁みて思わせていただいたことは「おかげさまと感謝の中で生かされている」ということでした。
仏教の大切な教えの一つに「縁起の教え」があります。
「縁起」とは「因縁生起」の略で、すべてのものは因縁により成り立っている、というものです。
私たちは決して一人では生きていけません。
たくさんの命をいただき、まわりの多くの人に支えられて、数え切れないほどの因縁によって、私たちは生かされています。
門徒の皆様と、今こうしてご縁を持たせていただけているのも、
歴代住職・坊守が、皆様のご先祖様が、正楽寺を護り続けて下さったからこそです。
多くのご縁によって「おかげさま」で生かされている自分の姿を知るからこそ、「有り難い」と感謝することが出来ます。
「有り難い」と「おかげさま」の世界を生かされている私たちなのです。
では、いつもそのことが念頭にあるかというと、なかなか難しいものがあります。
それでも繰り返し「気付けよ、思い出しておくれよ」と声にならぬ声で私たちに呼びかけて下さっているのが
仏様であり、大切な亡き方々です。
住職自身、この度のご縁で、ご法事は大切なことを思い出せてくれる仏様・亡き方からのプレゼントなのだと
改めて気付かせていただいたことです。
そして、この度の報恩講は仏様のみ教えを私たちに伝えて下さった親鸞聖人の御命日法要です。
親鸞聖人とのご縁があってこそ、私たちは仏様のみ教えに出遇わせていただくことが出来ました。
それは「おかげさま」と「有り難い」ご縁以外、何ものでもないのです。
そのことに改めて「有難うございます」と、感謝の気持ちでご一緒にお参りさせていただきましょう。