お彼岸中の出来事です。昨年末に発症した椎間板ヘルニアの影響で、痛みを和らげるために杖を使用しながらお参りさせて頂いていました。彼岸まいりも十一日目くらいになっていた日の朝たまたま小学校の登校時間に、あるお宅に伺うのに車を降りました。路地に入る一番近くに娘が車を停めてくれましたが、たまたま横断歩道の上に車を私が降りる間停めてしまいました。足腰の痛い親を思って一番近い所に車を停めたのだと思います。当然路地の入り口ですから娘は車をすぐに移動させたはずです。路地を奥に向かって歩いていく私の背中に「こんな所に車を停めるんじゃないよ」と云う男性の声が突き刺さりました。横断歩道で小学生の交通安全のために旌を振っていて下さる昔風に云えば緑のおばさんならぬおじさんの声でした。きつい口調からして決して笑顔で語りかけて下さっているとは思えません。怖い顔から発せられていると誰でも想像できる口調でした。言われた娘にしてみれば親の事を考えてほんの少しだけ停めた事、確かに横断歩道の上に車を停めたことはいけないことかもしれませんが、長時間停めっぱなしにしたわけではありません。すぐに移動させています。
私達の日常会話の中には相手を傷つけてしまうような言葉が含まれていることもあると思います。言葉は相手を傷つけたり・慰めたり・喜ばせたり・怒らせたりと命を持っています。
一つの言葉でケンカして 一つの言葉で仲直り
一つの言葉でほほえんで 一つの言葉で泣かされた
ひとつの言葉はそれぞれに ひとつの命を持っている。
思いやりのある言葉を使いたいと常々思っているのですが、確かに難しいですね。でも気遣い・心遣いは忘れずにいたいものです。